バセドウ病は妊娠可能な年齢の女性に多く発症します。
バセドウ病だから妊娠をしてはいけないことはありませんが、「妊娠前・妊娠中・出産後」にわたって病気のコントロールを適切に行う必要があります。
①甲状腺ホルモンの過剰は、胎児と母体の双方にリスクがおよぶ
まだ治療を受けていなかったり、治療が不十分で、甲状腺ホルモンが過剰のまま妊娠すると、胎児の発育に影響があり、流産や早産、低出生体重児の確率が一般の妊婦より高くなります。
母体には、妊娠高血圧症候群や心不全が起こりやすくなります。
安全に妊娠するためには、治療をきちんと受け、甲状腺機能が正常な状態で妊娠する必要があります。
②妊娠初期にチアマゾール(メルカゾール)を服用すると、
胎児に形態異常が生じることがある
抗甲状腺薬のチアマゾール(メルカゾール)やプロピルチオウラシル(プロパジール、チウラジール)は、胎盤を通過して胎児に移行します。
妊娠初期は胎児の中枢神経、心臓、消化器、四肢などの器官が形成される時期であり、この時期にメルカゾールを服用すると、臍(へそ)に関連した形態異常や、頭皮の一部がないなどの異常が胎児に生じることがあります。
メルカゾールによる形態異常を避けるために、妊娠4週~15週(特に5週~9週)は、メルカゾールの服用をできるだけ避ける必要があります。
チウラジールやプロパジールには胎児の形態異常の報告はありませんが、メルカゾールと比べて副作用の発現頻度が多いことに留意する必要があります。
下記のどちらの方法を選択するかは医師と患者さんで相談して決めます。
- 妊娠前にあらかじめ「メルカゾール」を「チウラジール、プロパジール」に変更しておく
- 「メルカゾール」を服用しながら、妊娠がわかった時点で「ヨウ化カリウム」もしくは「プロパジール、チウラジール」に変更する
病気の勢いが強く、抗甲状腺薬でコントロールが難しい場合は、妊娠前の段階で手術もしくはアイソトープ治療に変更し、病状が安定してから妊娠を検討していただくこともあります。
③妊娠中は甲状腺機能が変化することが多い
妊娠10週頃をピークに胎盤から分泌される「hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)」というホルモンは、甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモンをわずかに上昇させる作用があります。
このため、妊娠初期に一時的に軽度の甲状腺機能亢進症となることがあります(妊娠性一過性甲状腺機能亢進症)。
妊娠中期~後期になると、胎児を異物とみなして攻撃しないように母体の免疫系が抑制されるため、バセドウ病の抗体「抗TSH受容体抗体(TRAb)」が少なくなって(つまり、病気の勢いが弱くなって)、薬を減量、中止できることが多いですが、逆に悪化することもあります。
したがって、妊娠中はこれまでより頻回に甲状腺機能の検査を受ける必要があります。
④抗TSH受容体抗体(TRAb)と抗甲状腺薬は胎盤を通過して胎児の
甲状腺機能に影響する
妊娠20週頃には胎児の甲状腺が完成し、甲状腺からホルモンが分泌されるようになります。
母体の抗TSH受容体抗体(TRAb)は胎盤を通過して胎児に移行し、胎児の甲状腺を刺激します。
妊婦が抗甲状腺薬を服用していると、抗甲状腺薬も胎盤を通過して胎児に受け渡され、胎児が甲状腺機能亢進症にならないように作用します。
ところが、母体の甲状腺ホルモンを正常にする抗甲状腺薬の量では、胎児にとっては多すぎるため、胎児が甲状腺機能低下症になるおそれがあります。
そこで、胎児の甲状腺が機能し始める妊娠20週以降は、胎児の甲状腺機能低下を避けるために、母体の甲状腺ホルモン値がやや高めになるように調整します。
そのため、薬の量が減り、場合によっては薬を中止できることがあります。
⑤妊娠後半に抗TSH受容体抗体(TRAb)値が高いと、
赤ちゃんが一時的に甲状腺機能亢進症になることがある
(新生児バセドウ病、新生児甲状腺機能亢進症)
抗TSH受容体抗体(TRAb)は妊娠経過に伴い低下することが多いですが、妊娠後半になっても高い値が続く場合、出産後に赤ちゃんが一過性の甲状腺機能亢進症を発症することがあり、これを「新生児バセドウ病」もしくは「新生児甲状腺機能亢進症」といいます。
出生後は母体からの抗甲状腺薬が途絶え、生後4~5日で薬の作用がなくなりますが、抗TSH受容体抗体(TRAb)は赤ちゃんの体内に残ります。
そのため、生後4~5日頃より赤ちゃんが甲状腺機能亢進症を発症し、新生児科や小児科での管理が必要になります。
抗TSH受容体抗体(TRAb)は生後3か月程度で赤ちゃんの体内から消えるため、甲状腺機能亢進症は自然に治ります。
⑥出産後はバセドウ病が悪化することがある
妊娠中は母体の免疫系が抑制され、バセドウ病が落ち着きやすくなりますが、出産後はその反動で免疫系が亢進するために、バセドウ病が悪化することがあります。
同様の理由で、妊娠前にバセドウ病が治っていた人が、出産後に再発することもあり、抗甲状腺薬の再開または増量が必要となることが少なくありません。
また、再発ではなく、一時的に甲状腺ホルモンが過剰になることがあります。
これは産後の2~4か月頃に多く、甲状腺の組織が破壊されて、甲状腺に蓄えられていたホルモンが血液中に漏れ出てしまうためで、自然に治ります(無痛性甲状腺炎、出産後甲状腺炎)。
このように、出産後は母体の免疫系が変化し、甲状腺ホルモンが変動しやすくなります(出産後甲状腺機能異常症)。
⑦抗甲状腺薬や無機ヨウ素は母乳に移行する
抗甲状腺薬は母乳に移行して赤ちゃんに甲状腺機能低下症を生じる可能性があるので、薬の種類や服薬量によっては授乳制限が必要になることがあります。
「メルカゾール」は10mgまで、「プロパジール、チウラジール」は300mgまでは赤ちゃんへの影響はなく、完全母乳で問題ありません。
内服量がそれ以上の場合は、母乳への移行を考慮する必要があり、服用から授乳までの時間を4~6時間以上あけるかミルク(人工乳)との混合栄養を行います。
無機ヨウ素は乳汁中で濃縮されるため、ヨウ化カリウムの内服は原則行いません。